卒業式

先日、大学の卒業式に出席してきました。その時の学長の式辞の一部を抜粋します。

(以下引用)
“ところで、「linsanity」という単語をご存知ですか?たぶん、皆さんの中でスポーツの好きな人は、ご存知かもしれませんね。
「linsanity」という造語ができたのはごく最近のことです。米国ハーバード大学を2010年に卒業したジェレミー・リン君は、全米プロバスケットボール協会NBA)の選手となったのですが、NBAのチームのウォリアーズやヒューストン・ロケッツを2010年、2011年とわたり歩くことになり、ご多分に漏れず泣かず飛ばずの選手生活を送っていました。 移籍3チーム目に移ったのは2011年の12月で、最近の数年は弱小チームに落ちぶれたニューヨーク・ニックス。そこでも、またまた今年の1月初めにリン選手は2軍に降格されます。何とか1軍に復帰できたものの出場のチャンスに恵まれず、ニックスから放出寸前だったといいます。実はわずか1カ月前まで、ニックスの地元のニューヨーカーファンも、リン選手の名前すら知らなかったそうです。実際、つい最近まで本人も「いつまでNYにいられるかわからないから」とアパートも借りずにお兄さんの家のソファで寝起きしていた、という冴えないエピソードがあるくらいです。
今年のニックスは8勝15敗とあまりにも負けが込んでいたためか、2月4日にコーチがやけくそ半分で(これはあるスポーツ紙によるのですが)、初めてリン選手をニックスのゲームの途中出場に起用しました。するとどうでしょうか、36分間で25得点をマークして大活躍。その後もデビュー5試合の平均スコアがNBAの新記録となるなど、誰もが度肝を抜かれる活躍です。わずか3週間でまさに彗星のごとくにスターダムにのし上がったのです。
そして、8勝15敗と負けが込んでいたニックスの救世主となり、リン選手が出場してからは9勝3敗。名門スポーツ・イラストレイテッド誌で2週連続の表紙となり、スポーツ誌のみでなく2月27日発売のタイム誌の表紙を飾るなど、全米のNBAファンのみならず一般の人々も目を奪われ、ここで「リンサニティー」という造語が生まれました。「狂喜」という意味の「insanity」にリン選手の名前を冠した造語で、まさに驚愕の出来事だったわけです。
米メディアによると、リン選手はニックスからの放出寸前のぎりぎりのたった1回の機会を見事に生かした実力と運。厳しいプロスポーツの世界の綾を鮮烈に映し出した最近の話題として沸騰しているといいます。でも、この話には裏があます。
単にハーバード大学卒という高学歴というだけでなく、台湾系アメリカ人であることです。プロバスケットボール界でアジア人が一流のバスケットボール選手になることは例外中の例外という風評があり、プロスポーツでのアジア人への一種の蔑視があるのも事実です。2010年のドラフト外でのNBA入りしたリン選手は、ある意味人種差別的な扱いとでもいうのでしょうか、満足にプレイする機会が与えられなかったということがファンにも分かってきました。このため、なおのこと爆発的に話題となったと思われます。実はもともとアマチュア時代から、オールアイビーリーグのファーストチームの選抜選手に抜擢され、ジョンウッデン賞にもノミネートされるなど、実力の頭角を表わしていたので、突然の奇跡が生じたわけではありませんでした。

私の好きな言葉に「野球でのピンチヒッターはいつでも打席につける」というのがあります。ピンチヒッターは突然に指名されることが往々にあるわけですから、スターティングメンバーとは異なった心の持ち方が必要です。実力はこの1打席に自分のベストを出し切れるようにしておかなければなりません。まさにプロの心構えといっていいと思います。リン選手はまさにこのお手本のような舞台を作ったわけです。

類似の言葉に、剣術の世界でいう「待ち」の体勢というのがあります。「待ち」とはwaitingしているのではなく、何時どの瞬間にも相手の攻撃に対して、より強力な反撃ができる体勢で、相手との間合いを計っているタイミングとでもいうのでしょうか。見た目はwaitingに見えてしまいますが、まったくその心持は異なったものです。このような心のあり方は、剣術ではその時間は瞬間かもしれませんが、時間の長短は別にして、このようなことは皆様の人生の中でも、研究生活でも、仕事社会においても、あるいは友人関係や家族との関係においても、この大切な局面で、大きな舞台が用意されていることがあるのではないでしょうか。

リン選手はほんの一例で、他にも有名なところでは、1943年11月14日、当時25歳の無名で若輩だったレナード・バーンスタインが、世界的な指揮者ワルターの急病による欠場ため、急遽、当日の代役で、実際には他の有名な指揮者の代役が間に合わず、それこそ急遽の代役でカーネギホールにおけるニューヨーク・フィルのコンサートを指揮し、一躍、世界的な名声を得る大成功を収めた有名な話があります。このように名声を博した方々や偉人の多くの実例があります。
人には生涯に1度ならず大きな転機やチャンスがあるといわれています。その転機を逃さずに展開・発展させることの大切さ、そして、それよりもっともっと大切なことはそのような転機があった時に、あなたの実力が最大限発揮できるように、日々の地道な努力で地力を磨いておくことではないかと思います。” (引用終わり)